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わたくし安藤が日々の思うことや、感じたことなどを書き綴るものです。
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どうしたら人口を全国に分散できるだろうか。

いや、人口だけじゃない。様々な事やものを如何に分散させるかということが、当面必要になってくるんじゃないかということだ。

一極集中の弊害が言われたこともあった。そういう意味では、人口を全国に満遍なく分散して居住できるようにするという一種の課題(?)は全然目新しいものでも何でもない。

そのための策としては、交通網(道路も含め、鉄道その他の交通機関も含めて)の整備だろうと思う。しかしながら、特に道路は、特定財源との関係で、整備をする(網の目のように張り巡らせる)というのが当分は困難になるのかもしれないとも思われる。鉄道網にしたって、採算の取れないところからは撤退してきたし、バスにしても同じ。

つまりは、人口は、その集中している地域に更に集まらないと、移動手段すら無くすという事態になっているような気がする。

また、集中が進めば、人のいなくなった地域はいわゆる過疎(化)となり、限界集落が生まれ、廃村(地域の消滅)となる。そうなる前には、それなりの予兆もあろう。

元掛川市長の榛村純一さんは、地域がなくなるときには、6つの「通」が無くなると言ったそうだ。「”通”院」、「”通”学」、「交”通”」、「”通”勤」(、もう2つは忘れました)が無くなるのだと。当たっていますね。

こうしたものが無くならないようにすることが、いわば国土の有効利用と、均衡的発展の基になるんだとも思えます。

となると、一か所への集中は、結局は、いわゆる「効率的」かもしないが一方で非効率を生むことにもなる(使われないなる空間の拡大ということですね)。

また地域の発展には、一方で、他の地域との行き来が「やや(この”やや”がみそだと思うんですが……)不便」であるというのが不可欠な要素にも思えてくる。

大都会との直結は、短期的には便利さを享受できるものの、長期的にはその直結した大都市に色々な意味で吸収されて、地域の衰退を招くこともあるかもしれないとも思う。

いやぁ、内容はまとまりがないし、矛盾も孕んでいそうだし、何言ってんだかと言われそうなものですが、効率だけを追求すると、一方で非効率を生み、地域の発展を阻害する要因にもなりかねないということを言いたいだけです。
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民主党岐阜県第3区総支部長 衆議院議員 園田やすひろ後援会は、現在の民主党岐阜県第3区総支部の北に、後援会事務所を開設します。

その事務所開きを、平成21年7月11日 午前10時より行います。

所在地:岐阜県各務原市那加前洞新町4-185

以上
今朝の中日新聞(名古屋本社版)の地域面で、与党の代議士率いる政党支部が青年部を立ち上げたとの記事があった。

その中で、件の代議士は、
「民主党が政権をとると、景気が悪くなる。」
と発言したそうだ。

短期的には当たっていると思う。というのは、政策の見直しや、実施時期の再検討など、当然政権が代われば、行われる作業が発生するからだ。そうしたことを行った後、継続するものは継続し、中止するものは中止し、縮小していくものは縮小していくということになる(はず)。その過程で、景気が一時的に減退することはあり得ることで、そのこと自体は非難すべきことではないし、されることでもない。

与党の主張は、いわゆる100年に1度の不景気(最近は、100年に1度だとか、何十年に1度などという表現がよく使われるが、「それが何でここ10~15年位に集中しているんだ?」と揶揄した人がいる。じゃぁ実際に100年(プラスアルファ)前に同様のことがあったのか?なかったみたいだけどねぇ……。)にあって、景気浮揚策があったからこそ今の状態があると言いたいのだろうがどうだろう。

しかしながら、一向に明るい日差しは見えず、それでも今の政策や方針が正しいと言い続ける態度は、いかにも反省に欠ける気がする。

何はともあれ、いまの国内の空気は、政権党の交代(「首相の交代」ではない)を望んでいるというが正しい見方だろう。

経済政策は、国民の生活や産業の活性化に関わる重要な政府の政策。だが、政権党が変われば、再び書くが、見直しは必至。それを否とするのは、今の与党を応援すれば、何らかの餌を与えますよというメッセージか。となれば、それは、「支配者」の考え方ではないかと、最近思うようになった。
都議選が始まった。

政権交代かといわれるようなこういう時期でなければ、所詮は直接的には自身には関係のない(都民ではないから)選挙なので、「あぁ、始まったのか……。」となるだけなのだが、さすがに注目せざるを得ない。

与野党とも、衆議院議員総選挙の前哨戦と位置付けているためだ。

更に言うと、明後日5日は静岡知事選の投票日で、こちらも地味(?)ながら、同じく前哨戦と位置付けられている。

今日の中日新聞夕刊(名古屋本社版)によれば、この結果如何で、解散の日程が決まると共に、麻生総理への風向きというか風当たりと言うかも決定される、というようなことが書かれていた。

さて、或る人と話していて、
「さすがに、8月2日の総選挙(投票)はないでしょう。」
と私がいうと、
「いやぁ、県選管はすでに準備万端整えていて、(予想だけれども……)都議選直後の7月14日解散とすると、16日に事前説明会、21日告示で、8月2日投票に間に合うようになっている。」
と話した。

なるほど。確かに去年の秋以来、何時あってもおかしくないと言われていただけに、そういう意味では充分な準備期間がとれたということか。

とは言え、その人曰く、
「8月9日や、16日はやっぱり投票日にならないんじゃないか。」
と。

ならない可能性はあるが、ある週刊誌には、「(選挙を)やるならお盆前にして欲しい」と、言った人があるとかないとか……。となれば、8月9日投票日もあり得るのか……?

いずれにしても、投票日を日曜日とする前提なら、可能性のある日は、直近で8月2日、その次で同月9日、30日と9月6日(個人的には8月30日か9月6日しか選択肢はないと思っているのだが……)ということになろう。

総選挙の結果如何によっては、政権交代が実現するわけで、今の注目は、実際に交代するか否かにあるようだ。個人的には、政権交代を望んでいる。でないと、何時まで経っても政治が変わらない。政権が交代することで、政治の世界が期待の持てる姿になることを望んでいるのだ。

これまでは、自民党内の派閥の力学(?)で、党首(自民党総裁)がどの派閥から選ばれるかということで「疑似政権交代が行われてきたんだ」と言われてきたし、それを「そのとおりだ」と納得して過ごしてきたのだろうし、それでも良かった時代もあった(のだろう)。

ただ、そうした言い方をすることで、名実ともに政権交代が起こらないようにされてきたのだろうし、しないようにしてきたのだとも言えよう。

しかしながら、今日に至って、結果的にはそのツケがたまって来たというか、弊害が明らかになってきたというかで、やはり政権政党自体を交代させるという、まさに本当の意味での「政権交代」が望まれるようになったのが今なのだろう。

まずは、都議選で民主党の単独過半数(最悪でも比較第一党)という結果の出ることを望みたい。
いろいろな地域で、地域活性化の取り組みがなされていて、その紹介がテレビでもある。

それらを見ていると、基本は同じようだ。いまある地域の特徴を、いま住んでいる人が見付けて発信する。

さて、どのブログだったか、自分で書いたものだが、例えば岐阜県という単位で考えた場合には、「山を売り込む」というのが、一手段になるんじゃないかと思う。「飛山濃水(ひざんのうすい)」という言葉があって、飛騨は山の国、美濃は水の国を表す。しかしながら、地図で見ると、美濃だって随分と山の国だ(成程、飛騨に比べれば随分と平地は多いが……)。

なので、県内一帯に広がる山を、勿論林業振興もしつつ、観光資源ともしつつ、全国に売り込む手段を講じたらいいと思っている。

転じて、いま住んでいる瑞穂市について考えてみる。なかなか、これはといえる、売り込めるものが見付けられない。大小11ある河川を使って何かができればいいのかもしれないが、アイデアが浮かばない。旧中山道が通っているのでそれを利用できないかとも考えるが、宿場町であったとはちょっと言い難い気もするし(宿場ではあったのだが、西の赤坂(大垣市)、東の合渡、加納(いずれも岐阜市)の宿に比べると、小さな宿場だったと思われる)。山もなく、もちろん谷もなく、海もない。なかなか活性化の種は見付からない。

歴史、環境や風土で、これというのが見つからなければ作ることも必要だろうが、それとても容易ではない。知恵を集めなければどうにもならない。

いや話がそれた。さて、どうやって見付けるか……。地域のネタ探し。
衆議院議員の任期満了まで残り70日余り。総選挙の足音がゆっくりと近づいてきた。となると、そろそろ、候補予定者(現職含む)は、事務所の開設と相成る。

ここ岐阜県でも、今月事務所開きを行った現職議員がいる。岐阜4区だったか、5区だったか……。

その人が、事務所開きに際して、こんなような発言をしたと新聞にあった。
「民主党は色々と、魅力的な政策を打ち出しているが、そうした政策の裏には何かある可能性があります(気を付けましょう)。」(()内は、筆者追加)。

今年の、定額給付金しかり、高速道路の時限的割引制度しかりと、今の政府がやっていることにそのまま当てはまるじゃないか。

ということは、結果的には、「私たち与党のやっていることにも裏はあるんです。」と言っているようなもの。

そう考えるとちょっと愉快。

まぁ、この発言を現場で聞いていた支援者らは果たしてどう思ったやら……。
「そうだよなぁ、民主党には気を付けよう。」
と思ったか……?

それとも、私と同じように考えたか……?
地域活性化。地元商工会が取り組むべき課題の一つ。

ただ街が小さい(人口規模からいっても、面積からいっても)となかなかこれというものが見つからない。正直、活性化の種は何でもいいのだが、山もなく当然谷もなく、海もなく……となるとさすがに見付けにくい。

地理的な利点(があるとされてはいるが……)だけでは、活性化はできない。なんでの良いのだが、種を見付けたい。

これがいま住んでいる県となると、色々見つかりそうなのだ。

まずは山。これをいかに観光資源(場合によっては産業のための資源)として売り出せるか、その方法を見付ければ、充分に地域活性化の材料となる。川にしても同じこと。

「山を売れ(PRしろ)」と言いたいなぁ……。
ようやく梅雨らしくなってきたようだ。雨も降り始めたし……。

ということは蒸し暑い日が続くということか……。それは嫌だ。

とはいえ夏は嫌いではない。暑い夏はすきだ。でも蒸し暑いのは嫌いだ。

ただ今年の夏は暑すぎる夏になりそうだ。総選挙で。

今日の夕方のニュースによれば、8月2日が有力らしいとか。

ただ、麻生総理の言葉には、「都議選の結果を見て……」とあるので、そうなると解散は7月13日以降となる。これで8月2日投票とする総選挙は、準備期間が短すぎる(というのは、7月21日告示となるから……)。とはいえ、過去には解散から告示まで1週間なかった時もあるそうなので、あり得るのか?

結果的には、8月30日か、9月6日の任期満了選挙しかないだろうと思っているのだが……。世論は如何に。

ただ、どうも去年と同じだが、マスコミがあおっているような気がしてならない。確かに、野党側も早期解散を望んでいるようなのだが、実際に望んでいるのは、マスコミじゃないかと思えてくる。
最近の週刊誌を読んでいて気になった記事について一つ。

「年金制度をやめて、保険料相当額を自身が年4パーセントで運用したら……(幾らになるんだっけ……?)、とにかくいまの年金給付額よりも多くなる」というような内容のものが2週だったかな、続けて連載されていた。

なるほど、まさに机上の空論(計算)としてはそうなるんでしょうねぇ。

でも私は、絶対にあり得ない話だと取っている。というのは、そもそも、全ての人が年4パーセントの利息(利子)を受け取ることはできないと思うから。それに、そもそも運用のための原資を持っていない人もいる。

まぁ、ここからは素人の考え方ですよ。

或る人が利益を得るということは、だれかが損をする(勿論、金銭的にという意味でです)ということです。ということは、例えば、この記事のいうように自身の掛け金(保険料)を運用しようとした場合には、国内での運用はできないだろうなぁ。だって、国内の人全員が利益を上げるということは、国内ではだれも損をしないということになるだろうから。ということは、外国へ掛け金が流れて、そこでの経済活動に使われて、利益だけが戻ってくる……?そんなことはあるまい。

もう1つ。国年の3号被保険者は運用できない。だって、掛け金(保険料)を本人は納めていないから、そもそも原資がない。だれが、年金(相当の金銭)を支払うの?


社会保険庁の不祥事のたびに、色々といわれる年金制度だが、不正な使用には何らかの罰や歯止めをかけることこそが必要としても、制度そのものを無くしても構わないという意見には与せない。

私自身、そんなに難しいことは言えないし、およそ多くの人を説得できるだけの資料や言葉を持っているわけではない。とはいえ、今のヒステリックで、短期的な視野しかもっていない(と思える)論調には、いささか信用を置けないでいる。
最近考えていること。それも政治に求めることとして。

年金、医療、雇用、子育て……。景気が良ければ、気にもしない、されないことが気になる時代になってきている。

限界集落などという表現まで出てきている。これは高齢化とも遠くで絡む現象だろう。もちろん、その前には「過疎化」という現実もある。

これらのことについて、政治に求められている「何とかしてよ」の声。景気回復が優先という意見もあるようだが……、まぁ間違いではない。

でも。いま思うに、政治に求められるすべての基準は「命」。平等、公平、公正、安全・安心……、これらが叫ばれだして久しいが、しかし今考えなければならない基準は「命」。

基準は「命」。いま思うことはそれだけ。
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