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わたくし安藤が日々の思うことや、感じたことなどを書き綴るものです。
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平成20年8月11日の中日新聞朝刊(名古屋本社版)の道しるべというところに、竹内伝史 岐阜大学教授が、「高齢者が安心して暮らせる街」と題して意見を述べている。

その中で、「今思うに(認知症の)症状が出た老人でも安心して歩ける街が、これからの町づくりの理想ではないだろうか。高齢者や子供たちそして身体障害者も、できるだけ多くの人が街に出て、社会的活動に参加できる町。これがバリアフリーの街づくりの理念である。」としている。そして、そのバリアーには、「交通上のそれ」と「人々の心のそれ」とがあるとし、心のそれは、「ゆとりをもって人々が暮らしている地域社会では容易に取り除ける」としている。

交通上のそれは、「歩行上の障害除去」、「公共交通サービスの提供」で解消できるとしている。

この交通上のバリアーの除去については、いずれも、私自身も以前から考えていることであった(具体的な方法は見付けていないが、現行の物の手直しで当面は対処するしかないと思っている)。

特に、老人になれば、自身で自動車を運転して移動をするということは中々叶わない。となれば、おいおい徒歩によるか、公共交通サービスに頼るかしか移動手段がなくなるわけだ。特に徒歩ともなれば、その移動距離は決して遠くはなくなるから、竹内氏は2kmという数字を挙げていたけれども、一定の範囲内に日用品(衣料品を含む)や食料品を売る店と、医療機関(診療所の規模で可)が存在していることが求められるだろう。もちろん、公共交通サービスの充実によって移動手段・移動距離を確保できればそれでも良い。

まあ何にせよ、町は小さな単位でまとめていくという発想も必要なのではないかと思う。これを私自身は、「ブドウの房のような町」と呼んでいるが、多分世間一般ではこれとは違う言葉を使っているかもしれない。

まちづくりは、規模の拡大だけでなく、人が移動できる物理的な範囲でも考えないとこれから四半世紀位の間は、住民にとって(ひいては自治体にとっても)住みにくいまちになるような気がする。
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