わたくし安藤が日々の思うことや、感じたことなどを書き綴るものです。
カレンダー
02 | 2025/03 | 04 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | ||||||
2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
30 | 31 |
リンク
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(03/23)
(03/20)
(08/12)
(08/05)
(08/04)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
安藤由庸
性別:
男性
ブログ内検索
アクセス解析
忍者アド
ブログの評価 ブログレーダー
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
慶應義塾大学の商学部に、権丈善一さんという教授がおいでになるんです。その意見レポートが、教授のサイトに掲載されています。読んでいますと、随分と勉強になります。
研究テーマ(分野)が、社会保障ということで、最近注目を浴びている「年金」や「医療」についての現状や今後のあり方、あるべき姿がよく分かるんです。これを読んでいますと、最後は費用負担の問題なんだなぁって思えてきます(多分、自分が研究しても(できるという仮定で……)そうなんでしょうねぇ……)。
食糧のことについて、素人としての意見を書いたことがあります。少々値段が外国産(輸入)ものに比べて高くても、自給率を上げたいのなら国(内)産を買うべきだって。こう考えたことについても、権丈教授の考え方が影響していますね(多分)。尤もそれ以外の人、農民作家を自称する山下惣一さんの著書もいくつか読んだことがありまして、こちらの考え方も影響していますかねぇ……。
農業といえば、この間亡くなった、福岡正信さんの思想には随分と影響を受けています。福岡さんの死亡記事について(?)あるブログで思うことを書いたら、「果たして、福岡氏の提唱する『自然農法(不起耕・不施肥・無除草)』は本物か」という意見を書いたブログがトラックバックされました。なるほど……、単純に信じてはいけないなぁと反省はしましたが、しかしながら、「本物ではない」と決めてもいません。というのは、少なくとも福岡氏の提唱する農法に、(実践はしていないけれども)何となく魅力というか、そういったものをまだ感じていますからねぇ。
まぁ、こういったものを自分なりに読んで、自分なりに解釈して、自分の行動の規範となそうと考えたときに……、思うことは、これからの社会(いきなり話が大きくなりましたが……)どこまでの「リスク」を自身が負い、またはどこまでの「リスク」を社会(実際は「行政」かも)に負わせるかを考えていくことが必要なんじゃないかなぁということ(話も逸れたなぁ……)。
そういえば、(制度や商品としての)保険に関係する本を読んでいましたら、「ナイトの不確実性」という言葉に出会いました。ナイトというのは、経済学者の名前でして、「騎士」ではありません。この「不確実性」は統計的にはとらえられない「事象(最近の大概の解釈は「危険」のようですが……)」を表すんだそうです。対して今回の文章中でも使いましたが「リスク(これも「危険」と解釈しますよねぇ)」は、統計的に発生がとらえられる事象で、こちらは「保険」という形で対応ができると説明がありました。
「ナイトの不確実性」の方は別にして、自身の行動の「リスク(考えられる範囲での危険の発生可能性)」を考えることが必要だと、今は思っています。
研究テーマ(分野)が、社会保障ということで、最近注目を浴びている「年金」や「医療」についての現状や今後のあり方、あるべき姿がよく分かるんです。これを読んでいますと、最後は費用負担の問題なんだなぁって思えてきます(多分、自分が研究しても(できるという仮定で……)そうなんでしょうねぇ……)。
食糧のことについて、素人としての意見を書いたことがあります。少々値段が外国産(輸入)ものに比べて高くても、自給率を上げたいのなら国(内)産を買うべきだって。こう考えたことについても、権丈教授の考え方が影響していますね(多分)。尤もそれ以外の人、農民作家を自称する山下惣一さんの著書もいくつか読んだことがありまして、こちらの考え方も影響していますかねぇ……。
農業といえば、この間亡くなった、福岡正信さんの思想には随分と影響を受けています。福岡さんの死亡記事について(?)あるブログで思うことを書いたら、「果たして、福岡氏の提唱する『自然農法(不起耕・不施肥・無除草)』は本物か」という意見を書いたブログがトラックバックされました。なるほど……、単純に信じてはいけないなぁと反省はしましたが、しかしながら、「本物ではない」と決めてもいません。というのは、少なくとも福岡氏の提唱する農法に、(実践はしていないけれども)何となく魅力というか、そういったものをまだ感じていますからねぇ。
まぁ、こういったものを自分なりに読んで、自分なりに解釈して、自分の行動の規範となそうと考えたときに……、思うことは、これからの社会(いきなり話が大きくなりましたが……)どこまでの「リスク」を自身が負い、またはどこまでの「リスク」を社会(実際は「行政」かも)に負わせるかを考えていくことが必要なんじゃないかなぁということ(話も逸れたなぁ……)。
そういえば、(制度や商品としての)保険に関係する本を読んでいましたら、「ナイトの不確実性」という言葉に出会いました。ナイトというのは、経済学者の名前でして、「騎士」ではありません。この「不確実性」は統計的にはとらえられない「事象(最近の大概の解釈は「危険」のようですが……)」を表すんだそうです。対して今回の文章中でも使いましたが「リスク(これも「危険」と解釈しますよねぇ)」は、統計的に発生がとらえられる事象で、こちらは「保険」という形で対応ができると説明がありました。
「ナイトの不確実性」の方は別にして、自身の行動の「リスク(考えられる範囲での危険の発生可能性)」を考えることが必要だと、今は思っています。
PR
この記事にコメントする